charlotte sometimes (Tateno's diary 2000.11)

過ぎ去った日々はすべて哀しい (Tateno's diary 2000.11)

RIP

2000.11.11 (14:34)

たてのの恩師が癌のため他界しました。 振り返ってみれば両親の次くらいに世話になってきた方なので、 なんだかとてもショックです。 まだまだ若かったのに、残念です。

葬儀は無宗教形式でした。 読経も焼香もなく、ただ花を捧げるだけです。 本人のご希望だったのでしょう。 花輪もご供物もなく、 偉い人からも同じ額の生花だけしか受け付けていませんでした。

棺にはたくさんの花と、大好きだった手塚治虫の漫画など。 自由を愛した先生らしい告別式だったと思います。

告別式で、数年前に亡くなった後輩の女の子のお母様から声をかけられました。 みんなで行った旅行の、写真に映っていた方ですよね、 生前は娘がお世話になりました…と。

写真で見ただけの娘の知人がそれとわかるくらい、 娘さんのことが今も大事なのだ、 お母様の時間はその時で止まっているのかも知れない、という気がして、 これも何か心に来る出来事でした。

なんだか久しぶりの日記が寂しくてすみません。 たてのは元気です。

高速インターネット?

2000.11.22 (22:40)

NTT東日本と西日本がDSL事業に本格参入すると発表したようですね。 ニュースを見た瞬間思わずため息。「遅いよ…」

一年ちょっと前に書いた日記 ( http://tateno.pos.to/diary/199910.html#199910191931 ) で、東京めたりっくの話などにふれましたが、 結局、日本のネット接続状況はあまり良くなっていないですね。

今年1年間、立野は 「何故NTTは未だにあんなにISDNを宣伝しているんだ?」 「そんなに日本をIT後進国にしたいのか?」 と、疑問を持ち続けていました。

DSLは一般のアナログ電話回線を使ってISDNの10倍以上の 通信速度を可能とする、いわゆるモデムの代替となる技術。 アメリカ以外でも、たとえば韓国では既に約150万回線の利用者がいる。 日本は未だに約3千回線。 ( cf. 「DSL普及出遅れ」 http://mesh.asahi.com/tech/feature/20001122b.html

日本のISDNの困ったところは、DSLの回線を妨害すること。 DSL回線の近くにDSLがあると、DSLの通信速度が物理的に落ちるらしい。

そういった技術的問題を振り返ればなおさら、 ISDNをこれ以上広告宣伝せずに、DSL普及の遅れを取り戻すことが 日本のITインフラの為の急務だったはず。

「そこまでわかっていて、何故、ISDNを宣伝しているんだ?」

いったんISDN回線にしてしまった場合、 DSLを使うには、アナログ回線に戻す必要がある。 このとき、NTTは工事費を取る。 つまり、ISDN回線にするために工事費を払ったユーザは DSLにするためにはアナログ回線に戻すためにもう一度工事費を 払わなければならない。 もちろんアナログ回線に戻した場合、ISDNのために買った TAは不要となる。

そういった事実をふまえて、とにかく金を巻き上げる為に やっているのだろうと想像していましたが、 ちょっと検索したら、こんなアメリカの昔話が見つかりました (3年近く前のアメリカの状況です、今は変わってきているでしょう)。

DSLの滑稽な顛末
http://www.zdnet.co.jp/magazine/pcmag/9803/jd980316.html

何故電話会社(AT&T)がDSLを敵視するかの考察です。 なるほど、ネット電話…。ちょっと気づきませんでしたが、 昔から時々言われていたことですよね。

本当のところはよくわかりませんが、 最近になって郵政省がNTTの尻を叩き出していて、 とにかくいい方向に行ってくれればいいなと思っています。

PS. 本当に次世代を見据えるのなら、640Kbps 程度で 「高速インターネット」と呼んで欲しくないです。 少なくとも、メガbps以上から言って欲しい…。

ちよっとテスト

2000.11.23 (03:51)

ちよっとテストです。 深い意味はナイです。

新薬師寺

2000.11.27 (15:02)

ええと、土曜の夜に書いていた日記の登録が失敗していたので、 再登録します。続きはまた書きます〜。

連休に大阪、奈良と来ています。 慣れないPDAでの初めての日記登録の 試みです。

23日は、オフ会で湯豆腐を食べたり、 親戚の方と飲み会だったり。

昨晩は奈良の連れの存人宅に泊めていただきました。 鍋をごちそうになって、 今日は天気もよく、 曽爾(そに)高原までドライブに連れて行っていただきました。わーい。

最近山の上へ行っていなかったので、 それほど歩かない割には 登ったという満足感の大きいところで、 嬉しかったです。 すすきがきれいでした。 もし写真がうまくとれていたら アップするカモです。

ニ晩飲み会状態だったので、今夜は渋く 新薬師寺の宿坊に泊まっています。 昔から、ー度宿坊というものに泊まってみたかったのですね。

東門から入って暗い境内の中を抜けると、 82歳のおばあちやんが元気に迎えてくれました。

部屋に案内してもらうと、10分ほど おばあちゃんのお話が。 たてのたち以外に二組の宿泊者が いたようなのですが、比較的短く済んだ 方だったようです(^^;)。 子供連れの家族のところは 話が長かったようでした。

門限が7時というのもなかなかすごいですね(苦笑)。しかもタ食は出して くれないので、コンビ二弁当を買って持ち込みました。 さすがにお茶はありました(^^)。

持ち込み0Kなので、 平気で酒も飲めそうでしたが、 飲み会続きだったので今夜は ノンアルコール。 トイしが離れだったりしたら怖いかも〜と思っていましたが、 さすがにそれはなく、同で建物内にあって きれいな水洗でした。お風呂も新しく、 洗い場が3人分ある広くて清潔なところで、 ゆっくり気持ちよく入れました。

さすがに深夜は寒いですね。 部屋のパンフによると、 アンカ百円、扇風機二百円、 寝巻き二百五十円だとか。 でも布団は暖かいので大大夫です。

明日の話はまたそのうち書くかもです。

加藤登紀子さん

2000.11.30 (21:36)

先日の新薬師寺の日記、PDAの手書き文字認識で入力していたのですが、 ところどころ変な誤認識誤字がありましたね(^^;)。

(誤)トイし → (正)トイレ
(誤)同で → (正)同じ

ワープロ誤字とは違うまた一つのオリジナリティ(?)ですね。

んで、奈良の話の続きです。 新薬師寺は、1泊朝食つき拝観料(500円)税金込みで5400円でした。 そんなに安くもないかな? 朝御飯は、ご飯、豆腐と油揚げの味噌汁、お新香、茹で玉子。 茹で玉子が意外でしたね…。ひょいぱくでした。

他に、一人で宿坊に泊っていた若いいたいけさんがいて、 大きなカメラを持って写真を撮って回っているようでした。 いかすわ。

春日大社や二月堂へ行って、大仏様に挨拶、そして興福寺。 加藤登紀子さんの仏頭(みうらじゅんさんのネタ ^^)にお会いしてきました。

以前この日記で清原なつのさんの『光の回廊』について書いたときに触れたように ( http://tateno.pos.to/diary/199712.html#199712170113 )、 その漫画のキーとなる興福寺の阿修羅像にはなかなか思い入れがあります。 修学旅行のいたいけさん達に、先生らしき人が 「阿修羅は改心して仏教に」と説明しているのを聞いて、 いや、それはそうなのだが、 それは仏教の国がゾロアスター教の国を滅ぼしたから云々と、 語り出したくなるのをこらえていました(笑)。

以前行ったときは、阿修羅の対面に帝釈天がいて向かい合っていたのですが、 先日見に行ったときは離されていました。んで、 「配置変わったよね…」などと、またマニアックな会話 (^^;)。

京都も回ろうかと話していたけれど、歩きまわって疲れたので 元興寺でぼーっとゆっくりしました。 元興寺は意外に人が少なくて、のんびりできました。 マンダラ(not まんだらけ)しかないからかな?

帰りがけに、もちいどの商店街の喫茶店でわらびもちセットを。 スクラッチカードで当たって300円割引して貰えたのも嬉しかったです〜。


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(C) Mai Tateno 立野 昧